円満な人間関係は期待値の観察から

ジャム・セッションでのちょっとした人間関係のもつれ、みたいな話をよく見聞きします。プレイヤー側は「あのセッション・ホスト、ダメじゃん」。ホスト側は「シロウトが威張ってんじゃねーぞ」などと裏インターネットで不満をぶちまけあう。もう10年以上ずっとそう。

この原因はかなりシンプルで、みんな「期待していること」が違っているから。何を期待してそこにいるのか。何を満たしたいのか。何をやりたいのか。そういう期待の値が、人によって違う。そしてお互いの期待値に無関心なまま同じ時間を共有すると、亀裂が生まれてくる。

覚えたてのフレーズや研究中のコンセプトを実戦で使って身体に入れたい、という人が、セッションで同じような表現を何度も使ったとする。その人にとっては、それがその日満たすべき期待だったとする。しかしホストさんが表現の多様性、流れを重視するタイプの方だと、何だお前、練習は家でやれ! となる。

少ないお小遣いから3000円工面して、なんとか2曲弾いて経験を積むことを期待してきた学生さんがいたとする。そこに有名プロミュージシャンが登場。ホストさんは「皆さん演奏も大事ですが聴くのも大事です。…さんの演奏を間近で聴ける機会は貴重ですから私達ホストとの演奏を聴いて勉強して下さい」。その結果、学生さんは1曲しか弾けなかったとする。

音楽を楽しみたいのです。他の人とのアンサンブルを楽しみたいのです。というアマチュアが、ジャム・セッションに行く。その時のホスト氏にとって、セッションとはプロへの登竜門、厳しい修行の場だとする。すると「楽しみたいなんて甘えたこと言ってるから上手くならねぇんだよ!」と凄まれるかもしれない。

単純に期待値が違うからこうなってしまう。これは最終的に戦争に行き着くのですが、その前段階として「外交」があるはず。あんた何を考えてるのかね。どうすれば仲良く出来ますか。そういうプロセス、観察と調整があるはず。はずなのに、みんなやらない。要求と主張だけする。服従か拒否の二者択一。

お互いを観察して、とりあえずその場で一緒に何かやれる落とし所をみつける。試してみてどうも相性が悪かったら、それは仕方がない。その経験は、収穫になるはず。私達は考え方が違うんですね、という終わり方は、ポジティブな収穫。成長できる。

俺は金を払っている客だから偉い、俺はプロだから偉い、という感じで、期待値の読み合いをすることなく、裏インターネットで鬱憤を晴らしてみても、そこからは何も得られないし、何の能力も向上しない。次に繋がらない。

円満な人間関係は期待値の観察から
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