歌心を取り戻す

歌とフレージングの根本に立ち戻ろうと思って、久しぶりにブルースを聴いています。ブルースのコール・アンド・レスポンス形式や独り語りには、ストーリー性のあるソロの構築、モチーフ展開のためのヒントが詰まっているのではないか。というわけで、ブルースを再び考察。

これはロバート・ジョンソンの”Dead Shrimp Blues”という、死んだエビについての歌です。朝起きたら、俺のエビが死んでいた。俺の池で釣りをしているのは他の誰か、という、とんでもねぇ下ネタの歌詞です。下ネタというか、老いのせいで恋人を寝取られた男の悲哀の歌。

ブルースの形式はAA’Bで、AA’で同じ歌詞が2回繰り返されます。この曲だと「俺のエビは死んだ〜」の部分。これがコール(呼びかけ)で、続くBがそれに対するシメ、まとめ、回答的なもの(レスポンス)。

あらためて不思議に思うのは、A’では歌詞の内容は同じなのに曲調が暗くなるというか、憂いが出てくるように感じられることです(主観的な話です)。何故そう感じるんだろう。

ハーモニー的にここはIV7になるのですが、I7がIV7に移動する時、トニックの3度の音が半音下がってIV7の7度になります。しかしこういうコーダルな解釈以前に、全体が大きいモーダルな何かで歌われていると考えるなら、明るいモードから暗いモードへの移行が起きているとは言えまいか。

コーダルに見れば、I7からIV7。トニックからサブドミナントへの移動。モーダルに見れば、同主短調的な何かへの横滑り。全く同じメッセージが、明るい調子で歌われた後、今度は暗い調子で歌われる。同じことを2度繰り返して言う時、2回目は暗くなる。憂いとともに歌われる。これが何か不思議な感じです。

ジャズ・ブルースのコード進行は下のような感じであることが多いです(Key Fの場合)。やたらとドミナント・モーションが強調されています:

F7     Bb7 Bbdim   F7       Cm7 F7alt
Bb7    Bdim         F7       Am7(b5) D7
Gm7   C7            F7 D7   Gm7 C7

ずっとジャズをやってきて、考えなくてもこういう進行で弾けるようになった。もっとややこしく弾けるようにもなった。小さいフレーズもたくさん覚えた。しかし、基本はやっぱり下のこれ。明るい・暗い・明るい・暗いだけのこれ。これが本当に身体に入っていないと、たぶん何の意味もない。

F7    F7     F7    F7
Bb7   Bb7   F7    F7
C7    Bb7   F7    F7

こいつでちゃんと歌えないと。AA’Bで。シンプルな陰陽の構造だけで歌う。それをあらためてやってみる。実際、伝説的な(ジャズの)プレイヤーの演奏を聴くとこれがちゃんと基本になっている。要所要所にドミナント・モーションを導入したり凝ったターンアラウンドのフレーズを入れたりするというのは、枝葉。

ブルースの本質って何だろう。書いていて、この陰陽、明るい・暗い・明るい・暗いの繰り返しじゃないか、と思います。これはブルースが持っている普遍性のひとつではないか。この普遍性があるから、東洋人の私達もブルースを理解できる。魅力を感じる。好きになる。

私はまだ読んでいないのですがこういう本があるようです。「意味も知らずにブルースを歌うな!」という、なかなか挑発的で考えさせられるタイトル。面白そうです。

ブルースマンたちの歌詞のもともとの意味を理解することの大切さは理解できます。一方で、死んだエビとはどういう意味か、というのは、ブルースの理解においてはむしろ枝葉であり、本質的なことではないような気もします。

死んだエビの意味よりも大事なのは、明るい・暗い・明るい・暗いの理解。これをわかった上で歌えば、弾けば、いいブルースになるんじゃないか。ブルースの伝統が自分の中に流れこんでくるんじゃないか。「意味も知らずにブルースを歌うな!」というメッセージは、「オルタードも知らずにジャズを弾くな!」みたいなものに、私には思えます。

ドミナント・モーションはジャズでは重要視されるし、オルタード系のフレーズが出ないとジャズっぽくないとか言われたりもしますが、それ以外の部分で大きい歌が歌えていなかったら、ジャズ云々の前に、やっぱりいい音楽になっていないんじゃないか。

お前のギターは死んだエビみたいだな、とか言われないように、またブルースに歌とフレージングを学んでみます。





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