はっとするような表現はどうやって生まれるのだろう

Jazz Guitar Forum(の一部の人しか見られない場所)にて「ギターにおけるソロ中の一撃必殺系な技というか、飛び道具的な技って何があるでしょうか」という興味深いご投稿があり、これはとても面白い話題だなぁと思いました(ご投稿ありがとうございました!)。場面転換を計る際にこれは絶対に考えないといけないワザだと思います。

はっとするような表現はどうやって生まれるのだろう

これは「はっとする」ような表現とも言えると思うのですが、そもそも人はどんな時にはっとするのか。それは「意外性」と関係があると思うのです。

それは主に2つのアプローチで考えられるような気がします(他にもあると思います。記事を書きながら私がすぐに想起したのがこの2つというだけのことです)。

  • ギター的な、本当にギター的な表現をやる
  • 逆にギター的ではない表現、ギターだと難しそうな表現をやる

前者について言うなら、例えばダブルストップのような表現(ダイアド=2音で重音を、特にブルージなフレーズで使う時に用いられることが多いと思います)。これに限らず「ギターならではの表現」はあると思います。これが出ると、オーディエンスはやっぱり「おっ」とか「おおおっ!!!」と思われる方が多いのではないか。ギター、カッコいい!! と。チョーキングのような奏法もそれに入るでしょう。アーミングも。

後者の「ギター的ではない表現」は、それとは反対の面白さがあります。どの楽器にも内在的な制限があるはずで、ギターだと前後5フレットくらいの領域で、6弦から1弦までが大体2オクターブくらいに収まるのが多い。そして、これは弾きやすい。

でもこれが3オクターブになると、続けてアルペジオを弾く場合など、運指にはストレッチが発生する場合があるので頑張って弾かないといけない。それに3オクターブの表現自体がどの楽器でもそんなに簡単なことではないはず。だから訴求力はあると思います。あとは完全4度を続けて弾こうとすると1弦1音になりかなり弾きにくい…

でもそういう派手なことをやる必要は、たぶん必ずしもないのでしょう。例えばジム・ホールの演奏などを聴いていると、ものすごく印象的な#11thの音が出たりします。それは、音価はちょっとだけ長い。8分休符の後に、付点4分音符という感じ出てきたりする。でも、ものすごくドキッとするようなリディアンの表現で、巨匠ジム・ホールの偉大さを噛み締めたりします。

自分が弾いている楽器が、ギターである。そこに立ち戻る。あるいは、自分が弾いている楽器の制限を超えるような表現をしてみる。逆説的ですが、このいずれかが「はっとするような表現」につながるのではないかという気がしています。

あとはやはり「コントラスト」でしょうか。例えば狭い音域でメロディが動くような密集した表現をしていたら、大きいインターバルを取り入れる。あるいはその逆。大きいリズムを使っていたら、細かいリズムを使う。頭から入る安定したリズムを多用していたら、裏から入るものを多用する。等々。「コントラスト」という概念は、音楽表現を考える上でもかなり大事ではないかと思います。

明と暗。密集と乖離。弱と強。短と長。などなど。楽しいですね! マイク・スターンがディストーション・ペダルを踏むのも、あれは「コントラスト」を欲している瞬間ではないでしょうか。

食べ物で私が経験した「はっとするような表現」

中華料理の「酢豚」にはパイナップルが入っていることが多いですが、これは個人的に「はっとした表現」です。果物を肉と一緒に炒めるという発想が自分にはなかった。塩気と甘さのある肉に対して、酸味のある果物を投入する。中華料理は偉大だなぁ、と思った瞬間でした。

あとは西ヨーロッパに滞在中、デザートのアイスクリームにミントの葉が載っていたものを食べた時。これも驚きました。そもそも日本ではミントの葉を使う料理がないということもありますが、甘いバニラのアイスクリームに、ちょっとツンとしたミントの葉が載るだけで、ものすごいコントラストが生まれていました(コントラストと言うか、アクセントかな)。

こういう意味でも、外国で一定期間を過ごすのは表現の幅を広げるためにかなりいいと思います。インターネットが便利な時代なので、見聞を広めるために外国に行く人は少なくなりましたが、これはやはり大きい違いが出ると思います。





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