無人島に一人取り残されたら、音楽をやる余裕はたぶんない

音楽をやれているというのは、本当に贅沢なことです。食べるものがあり、着る服があり、住む家があって、はじめて音楽を楽しむことができる。生存が脅かされていたり、生活や健康に不安があったら音楽どころではないでしょう。

そういうことを、最近ある漫画を読んで痛感しました。

サバイバル(さいとう・たかを著)

夏休みに、気分転換で「サバイバル」という漫画(全11巻)をKindle版で読みました。この漫画の著者は「ゴルゴ13」で有名なさいとう・たかを氏で、実は中学生か高校生の頃に一度全部読んだことがあります。そして先日、唐突にまた読みたいと思ったのでした。

さいとう・たかを「サバイバル」

ネタバレになるようなことは書きませんが、大地震がきっかけで突然、無人島で独りで生き抜くことを余儀なくされた中学生、鈴木サトルという少年が主人公です。東日本大震災を超えるような規模の自然災害、そしてそれに伴う人災に巻き込まれます。少年は、生きているかどうか定かではない家族に再会することだけを目標として、頑張って生きていく、というストーリーです。

この漫画を急にまた読みたくなったのは、最近日本全国で豪雨災害が続いていて、私が住んでいる東京もいつ洪水で水没してもおかしくないし、そういえば自分が生きている間にはほぼ間違いなく東京を超巨大地震が襲うんだよな、と思い当たったからかもしれません。

「サバイバル」というこの漫画は、1976〜78年頃に週刊少年サンデーに連載されていたらしいので、今からおよそ40年前の作品になります。40年前というと大昔のように思えますが、この漫画、読んでいて1mmも古さを感じません。現代でもほぼすべての表現が違和感なく伝わってきます。この作品には時代を超える普遍性が備わっているのでしょう。つまり、名作です。

もし超巨大地震が発生して、私達もサトル少年のように無人島での生存を強いられたなら、やらなければならないことは、ほぼ同じです。自分で食べ物を探す。住まいをつくる。動物の皮から、靴をつくる。同じことをやらないと生きていけない。スマホもインターネットもない。全部自分でやらないといけない。そして、それはものすごく時間がかかる。

無人島でのサトル少年の生活を見ていると、本当に時間がいくらあっても足りないように見えます。よく「無人島に行くとしたら、どんな音源を持っていきますか」みたいな質問がありますが、いやいやいやいや、音楽のCDを持っていくどころではない。そんなものを持てるのなら、かわりに針と虫眼鏡を持たないと。フルアコとセミアコとクラギ、どれか1本だけ持っていけるとしたらどれ? あっはっは。

音楽なんかやる余裕は、まったくないでしょう。「サバイバル」という全11巻の漫画の中で音楽が登場するのは、片手で数えられる程度です。クマに遭遇しないために大声で歌う歌とか、あとは大事なシーンでビートルズも登場したりしますが、やはり音楽がいかに贅沢なものなのかを痛感させられます。

とにかく飢えと寒さ、喉の渇きに対応しなければいけない時に「今日は酒バラをAbでやってみようか…」などという贅沢はもうありえない。なんかうまく弾けないなぁ…などと悩むのも贅沢の極地。音楽をやれているだけでなんてラッキーなんだろう、と思わないといけないんだ、と痛感します。

だから、やっぱり自分は恵まれているんだな、と思ったのがひとつ。私は、裕福な人間では決してないのですが、幸いとりあえず明日何か食べられるだろうか、と心配することはないし、1日に4時間前後、音楽に取り組む時間も持てている。こんなに贅沢なことはないよ、とあらためて思いました。

勿論サトル少年も、夜に自分でこしらえた穴蔵の中で、焚き火の前でウトウトしながらゆっくりした時間を持っていることはあるのですが、自分がその立場だったら、音楽をやろうと思うだろうか。歌を歌い、口笛を吹く体力はあるか。どうも、そんな気にはならないんじゃないかという気がします。

もうひとつ、この漫画には隠されたテーマがありました。それは「狩猟・採集」と「農耕」というテーマです。どちらも環境の持続可能性、サステイナビリティに関わるテーマです。この漫画には、とにかく獲っちまえ、略奪してしまえ、という人々と、持続的に生きられるために育ててみよう、という人々、2種類が登場します。サトル少年は、最初は狩猟採集民なのですが、やがて農耕に目覚めます。

以前もこのブログで書いたことがあると思うのですが、音楽的な能力を身につけようとする営為は、農耕に近いものだと思っています。それは、狩ってきて、喰らい、自分の血肉にするものというよりも、自分の内側に種をまき、毎日様子を見ながら必要な養分を与え、育てていくことに近い営為だと思っています。

そういう意味で、サトル少年の生き方は、非常に音楽的にも思えるのでした。いつか彼は、音楽を楽しむ日が来るのかもしれません。いや、絶対に来るに違いない。そう思わせるようなエンディングでした。サトル少年の苦難の全ては、私達楽器演奏者が何かを身につけようとする時の苦心にとても似たものがあります。

もし明日、東日本大震災を超えるような大地震が発生して、電力の供給が停止して、非常用発電機さえ破壊されて、インターネットのインフラも死んでしまい、AMラジオをどの曲に合わせようとしてもノイズしか聞こえない、そんな日が来たら、私は、あなたは、ギターやトランペットやサックスやフルートを持って、旅に出るでしょうか。

音楽をやれているのは、本当に贅沢なことで、感謝しないといけないな、と思います。だから、つまらないことに時間を費やしてはいけない。いま音楽できることの特権を、十分に謳歌しないといけない。そう思ったのでした。





無人島に一人取り残されたら、音楽をやる余裕はたぶんない
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