ジョージ・ベンソンのサービスに満足しなかったロンドンのお客様たち

今年の6月末、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのジョージ・ベンソンのギグにはこの伝説的なミュージシャンの音楽を体験しようとイギリス中から多くの観客がやって来ていたそうです。このためにロンドンのホテルをおさえた人もいた。特別な夜になるはずなので、ドレスアップしてきた人もいた。らしい。

しかし御年75歳のジョージ・ベンソンはこの日、喉の調子が悪かった。そこで彼はまず名曲”Breezin'”からはじめ、次いでインストゥルメンタルを2曲演奏した。そのあたりでスキャットも交えはじめた。そしてもう1曲インスト曲をやった後、氏は観客に「今日は声の調子が悪くてうまく歌えないんだ、もう数曲インストをやった後に再挑戦させてほしい」と伝えた。

That Great George Benson We All Love
Image source : georgebenson.com

何人かの聴衆がこれに対してブーイングした。ブーイングした客に対して怒鳴りつける客もいた。大多数の客は最後まで残ったが、数百人が会場を去った。らしい。そしてこの夜のショーは予定より早く切り上げられた(ソース:George Benson: When concert goers pay to see a singer who doesn’t sing)。

この悲しい出来事について、海外掲示板Redditである人が次のように語っています(Very sad situation at the George Benson gig in London last night)。

私は幸運にもジム・ホールのライブに行くことができました、しかも1回ではなく、3回です。亡くなる前の最後のライブも含めて。私は若く、2011年にNYCに引っ越したので、自分の演奏に影響を与えた人のライブはできるだけ観に行くようにしていたのです。

ジムは年を取っていました。彼は間違いなく、ピーク時の能力で演奏してはいませんでした。正直なところ、彼はパット・マルティーノ的な意味では、テクニック的に流暢では全くありませんでした。しかしそれでも、彼が演奏したもの全てに、本当に多くの意味が込められていました。彼は常に何か興味深くて特別なものを生み出そうとしていました。同じようなことを、私はサキソフォニストのリー・コニッツについても言えます。彼はまだ存命中ですが、ライブではうろうろして様子がおかしかったりします。でもものすごく面白い瞬間があるのです。

こうした人々のコンサート会場を後にする人々が、もっと演奏を聴きたかったとか、あれはひどい演奏だった、などと不満を述べているのを耳にすることがあります。これに対する私の回答は常に同じです。こういう時、人は彼らが人生で最高の演奏をするのを観に行くのではないのです。そうではなく、彼らがもたらした巨大な影響に対して敬意を払うために観に行くのです。こういうミュージシャンやジョージ・ベンソンのような人々に対してクレームを付けたり、ブーイングをするような人たちは、キンタマを蹴られるべきだと思います。

一連の記事を読んだ後の私の気持ちも、上の方と同じです。実際に6/26-27にロイヤル・アルバート・ホールにいたわけではないので、滅多なことは言えないのですが、ジョージ・ベンソンという人がその時その時のベストを尽くさない人だとは考えられません。どんなミュージシャンにも調子の悪い時はあるし、その中でも最善を尽くすのがプロ。そしてベンソン氏ほどエンターテイメントを理解しているジャズ・ミュージシャンもそうそういないはず。

海外掲示板の意見を眺めていると、この日の出来事については、大きく2つの意見が存在するようです。

1. どんなミュージシャンにもピークはある。波はある。年齢もある。しかしその時々での演奏を楽しむべきなのだ。歌わないジョージ・ベンソンに価値はない、だって?ジョージ・ベンソンのギターを1時間も聴けるなんて夢のようなことなのに、一体何を言っているんだ?

2. 高齢のミュージシャンは引き際を理解すべきだ。レジェンドのショーは利益を生む。プロモーターも放ってはおかない。しかし聴衆の期待を満たせないことがわかったら、ショーをやるべきではないのではないか。

皆さんはどう思われるでしょうか。ジョージ・ベンソンのチケットは、確かに日本でも安くはありません。でも私はギターを弾く人間ということもあり、たとえ彼が1曲も歌わなくても3万円を払っても全く惜しくない気持ちはあります。ベンソン氏を観られるなら、それでいい。ギターにしても、速いフレーズが聴けなくても構わない。いまベンソン氏を聴きに行くとしたら、私が興味があるのは彼の超絶技巧ではない。

ただベンソン氏自身がどう思っているのか、気になるところではあります。というのも彼自身がジャズ・ギタリストという狭い世界を超えた1流のエンターテイナーだからです。エンターテイナーとしての彼は、その夜の自分、観客の反応をどう思ったのか。

ちなみにロイヤル・アルバート・ホールはこの夜のジョージ・ベンソン公演について、希望者には返金する旨のメッセージを出していました。実際にどういうステージだったのかを観ないと何とも言えないところはあります。でも、どんなに高いチケットでも、どんなにひどい声だったしても、仮にギターもあまり指が動かなかったと仮定しても、ブーイングする気にはなれないし、お金返してとか言わない。考えられない。

そういう夜は、帰りにバーに寄って黙ってウイスキーを2〜3杯飲んで、帰って寝る。

ジョージの歌を聴きに来たのに、ジョージは歌わなかった。お金返して。か…

ジョージ・ベンソンのギターは、リリックのある歌にひけを取らない歌なんだよ!などと主張しても、クレームを付けた方々には理解してもらえないのかもしれない。

その2ヶ月後の8月、ジョージ・ベンソンはこんなふうに歌っていました。なんだ、まだお元気ではないですか!

動画の投稿者はこんなふうに自分でコメントしています。

これは人々がコンサート中に会話をすべきでないことを示すいい例です。私達はミュージシャンが歌うのを聴きに来ているのであって、あなたが歌うのを聴きに来たのではない。

思い出を、記憶を、かつてのあれを聴きにいく。自分が聴きたいものを、聴きにいく。そういう行為は、あってもいいのかもしれない。でも私にとってそれは、やっぱり違う。記憶の中のジョージ・ベンソンは、もうどうでもいい。ジョージ・ベンソンを観に行くとしたら、現在のジョージはどうなのか。それ以外に聴くべきものはない。

人っていうのはそういうもんじゃないかね。音楽家のライブに行くことは、サービスを享受しに行くことではない。思い出にひたりたいだけなら、期待していた欲求を満たしてもらいたいだけなら、何百回も読み聞かされた同じ絵本でも読み聞かせてもらえばいい。レジェンドのライブを観に行くということは、そういうことではない。





ジョージ・ベンソンのサービスに満足しなかったロンドンのお客様たち
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