勇気付けるコーチング・弱点を指摘するコーチング

今年はスポーツ界で方向性が全く異なる2種類のコーチングがクローズアップされ、大きい話題になりました。速見佑斗コーチによる新体操・宮川紗江選手への平手打ち動画は、やはりショッキングなものでした。考慮すべき文脈があるとは言え、暴力を伴うこうした指導はもはやどんな文脈でも擁護できる時代ではないし、する必要もないでしょう。

対照的だったのがテニス・大坂なおみ選手のコーチ、サーシャ・バイン氏。練習中の指導はまた別なのかもしれませんが、試合中、落ち込んでいる大坂選手の前でしゃがみこんで「君はできる、君ならできるんだ」と徹底的に励ます姿がテレビで取り上げられ、これも大きい話題になりました。

ところでパット・メセニーは「教えること」についてどう考えているのか。高校生の頃は子どもたちにCのコードの押さえ方を教えたりしてお小遣いを稼ぎ、18歳になるとマイアミ大学で教えるようになったパット・メセニーは、1981年のGuitar Player誌のインタビューで次のように語っています。

生徒に対して印象付けたい、大まかな哲学は持っていますか?

ないよ。教えることに関しての僕の唯一の哲学は、自分の弱点に気付かせるということだけだったよ。でも、それも違うな、だってどの人もみんな違うからね。

良いプレイヤーになるために、心底激励されないといけない人達もいれば、もうある程度やれるようになったこと以外に頑張らないといけない部分があることを知らないといけない人達もいる。

かなり弾けるようになった中級者レベルというのは危険な時期なんだ、なぜなら彼らはうまく弾けないものの代わりに、うまく弾けるものだけを弾こうとする傾向があるからだ。即興演奏に興味がある人は特にそういう傾向がある。

コードチェンジ上での演奏をマスターするということは、いや、ある程度整った演奏をすることさえ、本当に難しいことなんだ。本当に素晴らしいモーダルな演奏をできることも大事だけど、コード進行の上で本当にプレイできるようになるのは難しいことで、忘れられがちだ。チェンジ上でのプレイを学ぶことでモーダルな演奏も改善するよ。

Image source : Pat Metheny Facebook

生徒に自分の弱点に気付いてもらう、というのがメセニー先生の大きい方針だったようです。

「褒められて伸びるタイプ」や「叱られて伸びるタイプ」という言い方があります。人にとってそういう傾向の違いがあることは、多分事実でしょう。

でも「弱点に気付いてもらう」ために「叱る」必要があるのか、というのはちょっと考えたほうがいいのでしょう。「叱る」には「きつく言い聞かせる」ことから「平手打ち」まで様々なグラデーションがあるとは思いますが、大きく見れば実は同じことなんじゃないかという気もします。「叱る」という概念そのものが、なんとなく教育の敗北という感じがする。先生っていうのは大変だと思う。

むかし「セッション」というジャズのビッグバンドを題材にした映画があって、暴力が大きいテーマでした。暴力とパワハラで自殺した生徒や、最後はその暴力を乗り越えて指導者に立ち向かった生徒などが登場します。でも、あの映画私はダメでした。頭が受け付けない(あの映画のファンの方、すみません)。

パット・メセニーやマイク・モレノはきっと厳しい先生なんだろうと思いますが、メセニー氏、14歳のネルソン・ヴェラスのことをこんなふうに褒めていました(4:12〜)

うまいよ、きみ。14歳のわりに、とかじゃなくて、14歳でもすごいと思うけどさ、一般的な意味で、きみはサウンドグレートだよ。

褒めることは、実はそんなに難しくないような気がします。良かったと思ったら素直に良かったと言えばいい。でも弱点に気付いてもらう、叱らずに弱点に気付かせるというのは結構な経験やスキルが必要になってくるんじゃないか。スキルだから、学んで身につけないといけない。でもそれが難しいので、最後は手をあげる人が出てくる(笑)。

ということは、暴力を振るう人は、学ぶことを放棄した人間であると言っていいのでしょう。

マイルスだったら何て言うだろう。弱点に気付かせるために。

違う

それで終わりかもしれない。いや、…「違う」さえ言ってくれないような気がしないでもない。





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