2声で弾くソロギターのセラピー効果

先日こんな記事を書きました。ソロギターについての記事です。

もしまだソロギターをはじめていないなら、今日からやろう。
ジュリアン・ラージがマスタークラスのレッスンで手渡している資料に「ギターについての12の考察」という彼自身による素晴らしいエッセイがあるので...

その中で、こういうことを書きました。

いきなりジョー・パスの”Virtuoso”を目指す必要はなくて、テーマのメロディとルートだけでスタートするのも良し。いや、最初はもうシングルラインだけでもいいかもしれない。どんなソロギターを弾くかは、自分で決める。

この部分を少し掘り下げて書いてみたくなりました。

何を言いたいかというと…例えばもう何年もジャズギターをやってきている方は、いろんな曲を下のようなスタイルで弾けると思います(ソロギターに取り組んでいれば)。ジョー・パスのコピーをしたり、教則本にアイディアを得たりして、メロディをなんとなくハーモナイズできるようになってくる(ちなみに下は、テンポ60くらいの有名なバラードを参考にした進行)。

ソロギターのセラピー効果

でもソロギターの入り口は、いきなり上のスタイルでなくてもいいと思うんですよね。私はジャズギターをはじめた時いきなりこれをやろうとして、ソロギターはまだまだ無理だな、と落ち込みました。

でも今になって思えば、いきなりこんなふうに弾けるわけがないんですよ(才能のある人は別として)。このスタイルにたどり着くにはいろんなプロセスを経ないといけない。順番がある。でもそういうことは本には書かれていなかったし、先輩も教えてくれなかった…「ジョー・パスやってりゃうまくなるよ、まぁ頑張れ!」いやいやいや…

例えば、最初はこういうのがいいんじゃないか。同じ曲。メロディとルートだけ。同じポジションでアドリブも取れるように、自分でコードトーンが扱える場所で弾くようにします。この練習にたどりついたのは、ずっと後。最初からこれをやっていればもっと上達早かったんじゃないかな…

ソロギターのセラピー効果

でも、それは結果論。ジャズギターをはじめたばかりの私はテンションが入ったジャズっぽいコードを弾きたかったのだし、たぶん上の練習には魅力を感じなかったと思います。いまはこういうアプローチの意味と意義がわかって楽しくやれていますが、18歳19歳の頃などはジョー・パスのコピー本を弾いているほうが楽しかったし、それこそが練習だと思っていました(※それはそれで無駄ではなかったと思いますが…)。

下、同じ曲のサビ。さすがにベースラインがさびしいので、ルート以外に5度を使ったり。シンプルですが、曲の理解が深まってきます(さらにこれはマイウォーキングベースライン誕生の瞬間でもあった…)。そして、これだけで鑑賞に耐えるものとして弾けないといけない思うんです。音が切れないようにレガートに。テクニックも強化されます(指の独立にもすごくいい!)。ソロギターはほんといいことづくめ。

ソロギターのセラピー効果

この練習の良いところは、テクニック以外にも和声の感覚、ボイスリーディングの感覚が鍛えられること、さらには対位法的表現の入り口にもなるところです。ジュリアン・ラージやムースピール、ラーゲ・ルンドといったギタリストの複雑なポリフォニック表現も、スタート地点は、ここじゃないのかな。

たとえばジョー・パスのコピーをして、様々な曲を近いスタイルで弾けるようになったとしても、2声対位法的な弾き方ができるようになるかといえば、たぶんならない。反対にこのメロディーとベースラインのみの練習からはじめると、対位旋律的な表現だけでなく、ジョー・パス的なスタイルにもたどり着けるはず。

再び最初の譜例に戻ると…買ってきた楽譜にこういう感じのものがあったとして、「曲のしくみ」を理解せずに丸暗記してもたぶんあまりうまくいかない。ただこういうスタイルがあることを理解するのは有益だったりするので、上で書いたようなシンプルなことをやっていった結果、こんな感じで自然に内声もついてくるようになると理想的なんじゃないかな、と個人的には思います。

ソロギターのセラピー効果

ソロギターで曲を本当にシンプルなところからあらためてさらっていくような練習は、ある種「セラピー的な効果」があるような気がします。その曲のことが前よりもわかるようになるし、自分の感性も再発見できる。セブンスコードの重いボイシングで埋め尽くすより、サウンドも新鮮(コードクオリティが開かれているせいもある)。曲も自分も生まれ変わるような感覚になるんですよね。すごく気持ちがいい…

あとやっぱり、メロディーとベースラインだけで音楽的に聴かせる演奏は、絶対に目指すべきではないかと。小沼ようすけさんのソロギター本の”Hop”編の演奏、鈴木よしひささんの模範演奏を聴いてそれはあらためて思ったのでした。音を足していくとしても、自分のテクニック不足をごまかす感じ、空間が怖くて埋めていく感じになってはいけないんだ、と。音を足すというのは、そういうことじゃないんだ、と。

2声でこれくらい立派にできるようになりたい(これはデュオだけどw)。

下は”Darn That Dream”を弾くジュリアン・ラージ。華麗なイントロから始まってはいますが、テーマ(0:49〜)は基本的に2声の表現じゃないですか(コードもあるけど、やはり曲の骨格をすごく感じる)。これですよ、これ。道は遠いけれど、これは誰にでも許されているタイプの表現だと思います。時間はかかるけれど、誰でも自分なりの表現にたどり着ける道筋だと思います。

そして「曲の理解」と「ギターの理解」が結びつくと、こういう演奏が発生したりする… なんて最高なんだ…

ソロギターで曲をシンプルに弾き直してみるということは、ある種、音楽のリバースエンジニアリング的な面があるような気がします。複雑なものが紐解かれていくプロセスは、気持ちが良いです。ソロギター、気持ちいいですね! 時間がかかっても全然OK。自由探求だから楽しいし、残りの人生かけてやればいいだけなのだから。そしてシンプルな表現だからといって複雑な表現に劣ることも、ないはずなのだから。





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