ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

他人と合奏すること、とりわけ見ず知らずの他人とのジャムセッションは、上達するために必須のアクティビティと言われています。1回のジャムセッションは10時間分の個人練習に相当する、というようなことを言う人もいます。個人的には、その言い方は微妙に適切でないところもあるとは思いますが、言いたいことはわかるような気がします。ジャムセッションで得られるものは、確かに多い。

ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

楽しい。そして、時につらい。それがジャムセッション。

ジャムセッションからの帰路、泣いたことがある人はいるでしょうか。

私は、さすがに物理的に涙を流した思い出はないのですが、帰り道に知らない酒場に寄って無言で酒を飲み続けたりとか、その後ゲーセンのUFOキャッチャーでひたすら同じぬいぐるみを取ろうとしたとか、帰宅してから部屋の電気を消して朝まで目を開けたまま壁を眺めたりとか、その後数日間、ギターをギグバッグに入れっぱなしだったとか、そういう記憶はあります。

つまり、心の中で血の涙を流したことは多々あります。

こんな感じのつらい思い、たぶん、誰でも一度はしてるんじゃないでしょうか。

いいや、全然! 俺のメンタルそんな弱くねえから。そんなメンタルだからいつまで経ってもうまくならねぇんだよ!

と、そんなことを嘘吹く方もいるのかもしれません。うん、そういう方もいるかもしれない。そういう方には、このブログはつまらないので、先を読むのはやめましょう。

メンタルの管理は、即興演奏の練習を何年も、何十年も続けていくにあたって、ものすごく大事なことだと思います。ジャズや即興演奏の習得には、いろんな罠があるように感じています。注意しないと、やられてしまう。そこでこの記事では、どうやってメンタルを管理したらいいのか、できるのか、どんな罠に気をつけたらいいのか、について書いてみたいと思います。

メンタルは適切に管理しないといけないはず。それはアスリートもやっています。ミュージシャンもやらない理由はないでしょう。がむしゃらにやり続けていると、数週間、数ヶ月、場合によっては数年間、音楽とギター演奏から離脱することもあると思います。でも、それはすごくもったいないことですよね。

自分自身に対して過剰な期待を持たないこと

ほとんどの場合、私達は頑張って、ものすごく練習してセッションに臨みます。俺は、あんなに練習した。練習中、いい感じのフレーズもいっぱい出てきた。俺は確実に成長している。俺は、できるはずだ。見知らぬ他人とも。人前でも。部屋の中の自分と同じように。いや、あるいはそれ以上に良い演奏が、俺にはできるはずだ。

ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

などと考えるのを、まずやめてみる。ついそう考えるじゃないですか(無意識にでも)。でも、こんなふうに自分自身に対して過剰な期待を持ってしまうと、しっぺ返しに合うことが多い。あらかじめ(無意識にでも)想定していた結果を得られなければ、セッションの終わりに自分に失望することになります。ひどい場合には自分を責めることになる。

これはもう無意識に「100mを何秒で走れるか」という競争(competition)のロジックに陥っているわけですが、そもそもそういうことを試すためにセッションに行くわけでは、ないはず。何のためにセッションに行くのか。人によって様々な理由があると思いますが、個人的には「発見」のためです。

最高のパフォーマンスを発揮するためにセッションに行かない。未知の何かを発見するために、セッションに行く。そんなふうに思考をシフトしてはどうでしょうか。

自分の能力を証明しようとしないこと

上で書いたことの続きですが、頑張って練習している人ほど、俺は本当はこれくらいできる、という感じで、自分の能力を証明しようとしてしまうのではないか。「自分の能力を証明しようとしない」。この言葉は、私は確かサキソフォン奏者の三木俊雄氏の文章で見た気がするのですが、本当に素晴らしい言葉だなと思って、心に刻んであります。

合奏中に何か焦ってしまって、リカバーしようとした時に、いやそれは本当の俺の実力じゃないんだ、俺はもっとできるんだ、という感じの表現をはじめると、まず間違いなく大惨事に繋がってしまう。それ、もう音楽じゃないんですよね。物事がうまく行ってない時はこういう自意識が出てきがちですが、それは今発生しつつある音楽とは無関係のものであることを理解する。

何かがうまくいかなかったら、その時は、「ダメージを受けた自分の自尊心を補修する」ために行動するのでなく、「ダメージを受けた音楽を補修する」ために行動する。音楽ファースト。自分なんかちっぽけなもの。そう考える。するとだいぶいい結果になるんじゃないか。自分の能力を証明するために出かけていかない。音楽に対して何か貢献するために、ギターを背負って出かけていく。

誰もあなたの演奏なんか真面目に聴いちゃいない

これは誰が言ったか思い出せないのですが、「人はあなたが思っているほどあなたのことを気にかけていない」という言葉あります。イギリスの詩人か思想家の言葉だったような気がします。これは、メッチャいい言葉だと思います。幸か不幸か、これは事実。何かとんでもない失態をやらかしたとしても、恥をかいたとしても、何か他人に対して危害を振るったのでもない限り、誰もいつまでも覚えていたりしません。

翌日、翌週くらいまではぼんやりと覚えている人は、いるかもしれません。でも数週間後、数ヶ月後、もう誰もまったく覚えていませんよ、あなたのことなんか。俺のことなんか。

どうですか、これで楽になったでしょう(笑)。幸いなことに、と言っておきましょうか、他人の失敗やつまらなかった演奏をいつまでも記憶しておく余裕は、誰の脳にもない。つまらないものは忘れられる。

再現するような演奏ではなく、発生するような演奏を心がける

ジャムセッションでうまく行かなかった、落ち込んだ、という場合には様々な原因があると思うのですが、そのうちの1つは「再現的な演奏」に意識が傾いていたから、というのがあると思います。再現的な演奏とは、練習で何か難しい課題、新しい課題に取り組んでいて、それを他人との合奏の場で出そうとするような演奏。

これはねー、もちろん必要なことだとは思うし、セッションの目的なんてそれ以外にないだろ、という方もいると思います。でもこれの落とし穴は、再現できなかったら落ち込むに決まっているということですw 上でも書いたけど…

この「w」は嘲笑のwないのは、言うまでもありません。計画通りにやろうとして計画通りに行かなかったら、誰でも落ち込むのが普通です。だとするなら、ここで一つのソリューションが思いつきます。計画しなければいいのだ、と。

想定外の事態を楽しむ

ある程度は練習してきたものや、「仕込んできた」コンセプトを使ってみるのも必要だし、楽しいと思います。ただそれ以外に、何のプランも立てていなかったもの、全く準備していなかったものに直面してきた時、誰がどうプレイするか、自分はそれに対してどうプレイするか(あるいはできないか)を観察し、それによって得られる発見に意識をフォーカスするのも大事ではないかと思います。

想定外の事態の前で、何もできなかったら? 基本的に、それは当たり前のことなので、特に落ち込む必要はないはず。

“It’s not the end of the world.”

私が好きな英語の言い回しに、”It’s not the end of the world.”というものがあります。直訳すると「それは世界の終わりではない」というフレーズですが、私なりに意訳すると「失敗したって別に死ぬわけじゃない」という感じです。これは、いい加減な気持ちで不真面目に弾いてもいい、という意味ではなくて、普通に真面目に試してみて結果がうまく行かなかったとしても、それは死刑宣告ではない、という意味。

ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

人間、死ぬこと以外はかすり傷、という言葉が最近どこかで流行っていたのを覚えています。そういう感じ。たまに重体に陥ったとしても、死にはしない。ただなるべく重体に陥るのも避けたほうが良いと思います。怪我をしてもなおる、ではなく、まず怪我をしないことが大事。セッションに行って落ち込むことが多い、という人は、マインドの一部を変更する必要があると思います。

部屋の中の自分の実力のすべては出ない

そもそも部屋の中での自分の音楽表現の自由度、発想の自由度、テクニックを100%とすると、他人との合奏では70%とか80%とか出せればいいほう。いや、というか、そもそも他人の演奏を聴いてそれに反応し、アジャストしているわけですから、そうなるのが当たり前。

部屋の中で個人練習している時は、パソコンの動作に例えるならCPUやRAMを自分1人で100%使える。でもセッションで演奏する時、20〜30%は常に共演者の音を聴くためにリザーブしておく必要がある。だから、「いつもの自分の実力」をセッションで出せないのは、原理的に当たり前のことではないか。

ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

そして、ここからが面白いところ。部屋の中での自分の実力をフルに出せなくても、共演者とのシナジーでおもしろい表現が次々と発生することがあります。これこそが大事なことでございましょう。これを楽しみに、出かけていく。「なぜ本番では練習の成果が思うように出ないのだろう」と考えてしまう時、多くの場合、他人とのシナジーを軽視しているような気がします。耳が閉じている。

その日コールする予定の曲は、前の日はあまり練習しない

これはTipsの1つですが、今日はこの曲を弾いてやろう、と思う曲は、前の日や直前に頑張って練習しないほうが良い演奏ができる、という個人的な経験があります。これはたぶん、上で書いたような、「これを練習したからこれをやってやろう」という意識から開放されるからではないかと思っています。

自分のレパートリー、得意なナンバーを増やしていくのは大事ではあっても、ジャムセッションでそれは演奏できたらラッキー、くらいに思っておいて、その日見知らぬ他人がコールした不得意な曲を、譜面ガン見して狼狽しながら演奏するのを楽しむ、くらいの気持ちでいるといいことがあるんじゃないか。

録音していても帰ってすぐに聴かない

もうひとつTips系です。ジャムセッションのような場では自分自身の成長具合を確かめるために録音している人も多いと思いますが、すぐにプレイバックしないことも大事だと思います。セッションの直後にそれを聴いて思うのは、「あれはうまく行った、これはうまく行かなかった」ということがほとんどじゃないでしょうか。

しかしこの録音を2週間後、1ヶ月後に聴くと、より客観的な評価ができるように思います。そして、多くの場合、自分の演奏についてポジティブな意見を持てるような気がしています。

そもそも自分の演奏を録音しない

演奏を録音して自分の成長具合を確認するという作業は、多かれ少なかれ、過去の自分と現在の自分を競争させ、比較するというプロセスが入り込んできます。これは、必ずしも良い方向に作用するとは限らない、と思うことがあります。たまに録音するのをやめたり、録音しても聞かない日があってもいいんじゃないか。

ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理

だって、どうしようもなく体調も悪くてクリエイティブ脳も死んでいて全然うまく演奏できなかった日の演奏をじっくり聴き返してみて、何になるんだ。という話です。ダメな日はもうダメな日だったんだから、すっぱり忘れることも大事じゃないかと個人的には思います。

上達するためには現実と向き合うことが大事だとしても、本当にどうしようもないクソみたいな現実が自分の眼の前に突きつけられたとして、それをじっくり観察する必要があるかというと、多分ないんじゃないか。誰にだって最低な1日はあります。それは黒歴史として、酒を飲んで忘れたほうがいいんじゃないのか。

(これも程度問題で、基本的には自分の演奏は何度も聴いたほうが上達は早いように思いますが、あまりに律儀にやりすぎないことも大事かと思います)。

いろんな場所にセッションしに行く

いつも同じ顔ぶれの人たちとセッションしていると、そこには「コミュニティ」が発生します。これは、一方では大きい安心感をもたらしてくれます。同時に、「この共同体の中で、相手の期待に応えなければならない。いつも以上にうまくやらなければならない」というネガティブな緊張感をもたらすこともあり、これが多発すると音楽がつまらなくなることがあると思います。

そういう場合、東京在住の方なら北関東や京阪神に遠征してみるとか、いつも日本海側で活動されている方は太平洋側に来てみるとか。そんなふうに活動の場を増やしていくのが良いのではないでしょうか。





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